ドキュメンタリー作家の想田和弘は、約15年にわたり、現実を丹念に観察することで日本
社会のあり方を伝え、表層からは見えなかった日本の素顔を明らかにしてきた。
1970年、栃木県出身。東京大学文学部宗教学・宗教史学科卒。1993年よりニューヨークに
居を移し、映画を学んだ後、TV報道の世界へ。しかし、間もなくTV報道の限界を経験し
、それに対するアンチテーゼを「十戒」として自らに課し、「観察映画」と呼ぶドキュメ
ンタリーの方法を提唱・実践し始める。撮影前のリサーチをせず、フィルターや偏見を持
たずに現実に飛び込み、観察し、予期せぬ出来事を捉える。そして、台本やナレーション
、BGM等を排した編集により、作品を観る者に委ねる。フレデリック・ワイズマン監督
の影響を大きく受けた想田監督は、初の観察映画、『選挙』でその手法を確立。以降、ナ
ント三大陸映画祭モンゴルフィエールドール賞やベルリン映画祭エキュメニカル審査員賞
に輝いた最新作『精神0』まで、各作品が国際的に高く評価され続けている。
想田監督の映画は社会の中心から末端まで様々なフィールドで展開していく。『選挙』の
政治家、『精神』の心に問題を抱えた患者、『牡蠣工場』の労働者など、ほとんど人目に
触れることのない空間にカメラを向けているのだ。彼の手法の強みは、縮小された空間を
調査し、その実体への観察を深めていくことにある。想田監督は、個にフォーカスするこ
とで、世界の社会構造を再構築し、日常生活の表面下に隠された社会との関係性を明らか
にしている。『牡蠣工場』では、小さな牡蠣工場の経営がグローバル化の象徴となり、『
選挙2』では自治体の選挙活動が拡大鏡となって福島原発事故後の日本を写し出している
。想田監督はその生来の比喩センスによって『Peace』に登場する猫たちのように個を普
遍的なものへと昇華させるのだ。
ニューヨークを拠点としつつ日本で撮影を行ってきた想田監督は、アイロニックな距離感
をもって同時代の人々を観察する。『選挙』、『選挙2』の主人公の候補者、山さんの受
難のように、その映画には常にユーモアがある。彼が自然と被写体に共感することで被写
体との距離感が縮まっていくようで、社会的弱者に対して慈愛に満ちた感性を見せる。『
牡蠣工場』の中国人労働者、『港町』の噂話をする老婆、そして『精神0』の後半に登場
し、我々の胸を打つ芳子。想田監督はそんな彼らの立場に立ち、その人間性と尊厳を回復
させるのだ。
想田監督の作品は、形式よりも感性のドキュメンタリーと言えるだろう。彼の作品のひと
つひとつが他の作品と関係し、フレスコ画のような生命を形成している。密接に細やかに
日本社会を写すX線で日本を身近に感じさせてくれる。エキゾチズムやステレオタイプで
ない日本、それをプリズムとして、想田監督は個人と社会の間に古くから続く弁証法を普
遍化しているのだ。